氏   名
シン ヨンクァン
愼  ? 光
本籍(国籍)
韓 国
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第144号
学位授与年月日
平成12年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物生産科学専攻
学位論文題目
農業部門における循環経済への移行に関する計量分析
(Econometric Analysis on the Transformation into Circular Economy in Agricultural Sector)

論文の内容の要旨

 本論文では、最終処分する産業廃棄物量のゼロをめざし、製品や生産工程への総合的な予防的環境戦略を適用するものとして、循環経済を取り上げ、畜産排泄物の再生資源利用と畜産排泄物の発生抑制による循環経済への移行可能性について、北海道の畜産・耕種農家をもとに計量分析することを目的とする。

 以上のような研究目的に従い、本論文では、次のように三つの視点から循環経済への移行可能性についてアプローチし、その研究課題を設定した。第1は、再生資源市場における需要把握の視点から、畜産排泄物からつくり出される再生資源利用に対する耕種農家のニーズを分析するとともに耕種農家による再生資源利用の可能性を明らかにする。第2は、再生資源市場における供給把握の視点から、畜産排泄物の貯留・分解施設に対する農家評価とそれに及ぼす要因を分析し、畜産農家による再生資源の供給可能性を検討する。第3は、循環経済の構築のために畜産排泄物の発生抑制を図る視点から、畜産排泄物の排泄量が酪農経営の技術効率に及ぼす影響を明らかにする。

 以上に示した本論文の課題を解明するために、以下の第2章から第5章までの分析を行った。

 第1章「序論」では、問題の所在と概念、従来の畜産排泄物に対する外部不経済の内部化問題の成果と問題点を整理し、本論文における具体的な分析課題を設定した。  第2章「畜産排泄物と環境負荷」では、循環経済の視点から、畜産排泄物と環境負荷を明らかにするために、日本における農耕地への環境負荷量(窒素)と畜産経営による環境汚染の現況、北海道における畜産排泄物の発生・処理・利用の現況、日本における畜産環境にかかわる制度の特徴を確認するとともに、農業における循環経済の必要性を論じた。

 第3章「畜産排泄物の再生利用に対する耕種農家の評価」では、畜産排泄物の再生資源利用の実態とそれに対する耕種農家のニーズを分析した。分析結果から、一つに、全農耕地のなかで散布できない農耕地が55%以上であること。二つに、現状の再生資源市場の条件下での再生資源利用は、コスト面から耕種農家にあわないこと。三つに、再生資源の利用推進においては、品質や価格のみならず、運搬条件や素材種類にも問題点があげられていることが指摘できた。

 第4章「畜産排泄物の貯留・分解施設に対する酪農農家の評価」では、畜産排泄物の貯留・分解施設(堆肥盤,尿溜)の現状とそれに対する農家評価を分析した。分析結果、一つに、再生資源を供給するための貯留・分解施設(堆肥盤と尿溜)について、農家評価はどちらも「不満」と回答した農家割合が高い。したがって、施設の充実や改善を進めることが必要であること。二つに、施設の充実や改善する際に、経営全体のあり方と地域的条件に適した畜産排泄物の貯留・分解施設を考える必要があることが指摘できた。

 第5章「酪農経営における技術効率と畜産排泄物」では、畜産排泄物が酪農経営の技術効率に及ぼす影響を分析した。分析結果、一つに、畜産排泄物が酪農経営の「総合技術効率」を減少させる一つの要因であること。二つに、畜産排泄物の排泄量を考慮した酪農経営の「総合技術効率」の非効率を改善するためには、規模拡大による非効率の改善より、現状の規模のもとで経営非効率を改善する方が効果的であること。三つに、畜産排泄物の排泄量を考慮した酪農経営の「総合技術効率」の非効率を改善するためには、畜産排泄物の「排泄管理」を改善する必要があることが指摘できた。

 第2章から第5章までの分析結果から、循環経済は経済と環境を統合する持続的発展戦略であり、畜産排泄物を排泄から廃棄まで管理することによって汚染問題の解決にも非常に有効であることは明らかである。しかし、現時点では循環経済導入を巡るいくつかの検討課題が残されている。第1の課題は、畜産排泄物の再生資源市場は、不安定さ、脆弱さをもっていることから、再生資源市場の安定化のためには自由な市場形成に任せるのではなく、何らかの公的支援策として政策手段(直接規制、税、補助金)を検討することが求められている。第2の課題は、循環経済の導入に際して多くの技術開発と普及が求められていることである。畜産排泄物の発生抑制の技術開発ばかりでなく、効率的な再生資源化のための分別・醗酵過程における技術開発にも早急に取り組まなければならない。第3の課題は、農家意識改革の問題である。農家は自然の持つ環境容量は無限ではなく、有限であることを認識し、自然界の物質循環にもっと配慮することである。畜産農家は畜産排泄物を肥料資源としての価値を見直し、畜産排泄物を経済的に評価すると同時に、畜産生産の一環に組み込むことが必要である。また、耕種農家は長期的な土地生産性の向上のために、良質の堆肥利用による土づくりが重要である。