氏   名
Kawai,shinji
川 合 信 司
本籍(国籍)
神奈川県
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第143号
学位授与年月日
平成12年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物生産科学専攻
学位論文題目
先住民社会における開発援助の視点と課題
一インドネシアパプア州ドミニ集落の事例一

(Assessing Indigenous Views of Development Aid-A Case Study of a Sougb Tribal Community in Papua Indonesia)

論文の内容の要旨

 パプア州(旧イリアン・ジャヤ州)は、インドネシア最東端に位置する。250部族以上あるパプア先住民の多くが外部社会と日常的に接する機会を持つようになったのは、20世紀も後半になってからである。パプア州の発展段階は、インドネシアにおいても「パイオニア経済」として位置付けられる。また、パプア州は、20世紀初頭から1960年代まではオランダ、現在はインドネシアの統治下となっており、同州を取り巻く歴史、民族、政治・経済等の社会環境は、非常に複雑である。

 著者は、1992年から1996年まで、パプア州辺境地にある先住民の集落において、大学・NGOの共同事業である開発援助に携わった。この経験を通して、「なぜ開発援助の理想とフィールドでの現状が乖離しているのか」という問題意識を持つに至った。本論文では、パプア州の一農村が直面している近代化の一環としての「開発援助」の位置付けを、被援助者の視点に重点を置き、分析・考察した。その上で、開発援助の理想と現実との乖離を回避するためのパラダイムの提唱を行った。

 具体的に取り組む課題として、次の三点を掲げた。第一点は、近年まで市場経済の外にあり、かつ自給自足的(subsistence-afnuent)な地域社会の検証である。第二点は、地域開発援助の現状と問題点を被援助者の視点を重視して検討すること、そして第三点目は、特殊な自然・経済環境に置かれている地域の開発パラダイムと課題の提示を行うことである。

 ドミニ集落成員は、伝統的な焼畑農耕及ぴ狩猟・採集という生活スタイルを保持している。タンパク質摂取や衛生、風土病などにおいて問題が認められるが、食糧生産一般に関しての自給自足に問題はない。しかし、1980年代初頭に、政府の行政の行き届く人工的な集落形成が促されて以来、商品経済が急速に浸透してきた。その結果、婚資の支払いを中心とした伝統的経済では賄いきれない二一ズ、すなわち生活必需品購入のための現金獲得が必要となっている。

 外部介入としての開発援助もまた、集落の生活に大きく影響を与えてきた。特に、1991年に大学・NGOの開発援助プログラムの開始以来、集落にもたらされた開発プログラムの頻度が急速に高まり、1995年のピーク時には、年間45にも上る開発援助が行われた。

 開発援助プログラムの評価に関する聞き取り調査では、実用的或いは、直接、生活向上に結びつくような水道敷設、カカオ栽植や政府支給の住宅等のプログラムに対して評価が高かった。評価の低いものとして、政府支給の住宅(老朽化に対する不満)のほか、機能していない医療保健プログラムや、現地の環境に適さない持続的開発農業プログラムが挙げられた。しかし、特に悪いプログラムはないという回答も目立ち、外部からの開発援助に対する強い批判は見受けられなかったといえる。将来望むプログラムとして、カカオの栽植や工場誘致など、現金収入を高めるものが挙げられた。また、漠然と外部からの援助を望むという回答も多く、開発援助に対する依存性(dependency)が窺われた。

 次に、被援助者社会の持つ伝統的経済の特徴とその概念という視点から、開発援助を考察した。外部から労働投入を伴わずに入ってくる援助物資は、多くの場合、均等分配されていることが明らかになった。しかし、援助物資が十分でなく、かつ均等分配が不可能である家畜などの場合、その援助物資が他の集落成員に行き渡らない事例が観察された。これは、労働投入により援助物資に所有権が生じ、均等分配の原則が妨げられたものと考えられる。この均等分配或いは不均等分配の例に当てはまらなかったものとして、ミシンの共同購入の事例を挙げた。個人主義が強く、外部からの援助物資が通常均等分配される社会におけるこの慣習変化の要因を明らかにすることは、今後の開発の行方を探る上で重要である。

 本論文で示された開発援助に伴う多くの軋櫟は、援助者と被援助者とが十分なコミュニケーションを取れないために起こっている。そこで、三つのパラダイムの提唱をした。第一に、相互理解の妨げとなっている「援助者による問題解決」を前提としない「問題抽出型」を掲げた。第二に、援助者と被援助者の積極的な相互理解を図るために、開発学研究でほとんど取り上げられてこなかった「被援助者の捉える外部者像認知」の必要性を提起した。そして、第三番目に、経済性や効率性重視に代表される「外部者の価値観」からの脱却を唱えた。

 本論文で十分に扱うことができなかった今後の課題として、貨幣経済浸透初期における小社会の経済状況を相対化させる方法論の確立、外部社会と被援助者を結ぶパイプ役となる人材育成を促す手法の開拓、及び外部者自身がフィールドにおいて開発援助を再検討し、発想の転換を図り、啓蒙活動を導くための手法の探索を挙げた。

 グローバル化が急速に進む中、パプア州に偏在する小社会を含めた多様な社会との共存の意義は、今後さらに我々人類全体の問題として問われていくと考える。本研究が、地球のマイナーな地域に光を当て、特に開発援助という場面において、外部者の被援助者に対する意識をわずかでも啓発することに寄与できれば幸いである。