氏   名
Yin,guo qing(イン グォチン)
殷  国 慶
本籍(国籍)
中華人民共和国
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第142号
学位授与年月日
平成12年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物生産科学専攻
学位論文題目
中国農村における医療保険制度の展開―農村合作医療制度の検討を中心に―
(Development of Rural Medical Insurance System in China― A study of the rural cooperative medical system―)

論文の内容の要旨

 本論文は、中国農村の医療保険制度である合作医療制度を対象として、社会経済レベルの異なる地域において、合作医療制度の実施に関して、どのような問題が生じているかを、保健・医療状況や、農民の意識などの把握を通じて明らかにし、さらにその原因と解決策を探求することを課題とする。  合作医療制度は、中国農民が自ら創設したもので、地方集団組織と農民が双方出資で作った農民のみに適用される医療保険制度である。合作医療制度は、1950年代から1970年代に発展し、全国の行政村の90%以上が導入するに至った。ところが、農村経済体制改革以後、急速に解体され、全国的にほぼ崩壊するに至った。農民の保健医療は再び自費全額負担に逆戻りし、農民の健康が脅されている。1980年代後半から、合作医療の解体によって、農村社会の保健医療に表れた問題を打開するため、政府は政策を明確化し、新しい合作医療制度の模索が始まった。しかし、全国的に見れば、その回復の動きが足踏み状態となっている。

 本論文では、文献研究および現地調査に基づき、次の構成により課題について分析を行う。

 序章では、まず課題の背景を説明し、農村地域の保健・医療における課題を析出した。第1章では、中国農村合作医療制度の歴史的な展開を再考した。 第2章では、統計資料等をもとに、中国農村経済体制改革下の農村社会保障環境の変容を分析し、農民生産・生活様式の変貌を把握し、経済、生活レベルは向上しつつある一方、自費医療により、保健医療サービスの利用がかなり立ち後れていることを明らかにした。第3章では、現段階における農村合作医療制度に関する政策および合作医療制度の諸モデルの特徴・実際について分析し、その有効性と課題を概観した。

以上のような概況を踏まえて、第4、5、6章では、中国農村における合作医療制度は各地で多様な展開を示しているが、合作医療制度がまだ導入されていない農村貧困地域の事例、農村工業化地域での導入事例、中進的な農業地域での導入事例の3事例について分析を行い、農民の視点から各調査地域における合作医療制度展開の諸実態を明らかにした。 貧困地域の調査からは、①行政側は、財政面の理由などから、合作医療制度の導入にあまり積極的ではなく、上級機関からの要請への対応という意味合いが強い。②農民が合作医療制度の導入に期待している。特に、貧困世帯や健康状態が良好ではない世帯は、強く希望している。③一般的に言われていた農民の合作医療基金の支払い能力の問題は、貧困地域においても農民自身によって困難な問題だとは認識されておらず、制度の柔軟な設計により十分克服である。などを明らかにした。

 農村工業化地域の事例調査からは、①地域経済が発展している地域では、合作医療制度の導入が有利である。②行政側が合作医療制度の実施に積極的に対応しており、農民側も大いに支持している。③農民の所得が高いので、実施している合作医療制度の内容は、農民のニーズを満足させていないということが分かった。

 また、中進農業地域における実践からは、①農村保健医療機関の統一的管理は、合作医療制度の導入の重要な条件の一つである。②保健医療部門、特に郷村医生は、合作医療制度を支持すべきと認識しながらも、経済面などからは相反する心情をもっている。③農民は、制度そのものを支持しているが、実施体の行政に対して不信感を持っている。などを指摘した。

 総括では、農村合作医療制度に関して、まず調査地における地域の社会・経済的特徴、合作医療制度展開の特徴などの相異点を分析し、次に合作医療制度の位置づけ、今後この制度を実施、発展させるために、必要な政策面などの方向性に接近することを試みた。調査結果としては、主に次の点に集約できる。①合作医療制度に対する農民の支持は、その地域の経済的状況に関わらず強いことである。②農村合作医療制度の導入にあたっては、行政・保健医療サービス機関・農民三つの主体の連携が重要である。③合作医療制度の導入に当たっての最大の問題、そして合作医療制度の普及が足踏み状態であることの最大の要因は、農民側にあるのではなく、制度に対する理解不足、農民に不信感を与える公正性の欠如など、地方政府の対応にある。④行政側の対応は、上級政府の支持、指導者の考えに大きく影響される。⑤農民の自主的で広範な経営への参加が重要である。今後農村合作医療制度を発展させるためには、①中央政府は、保健医療事業財政の投入政策を改善すべきである。地方政府は、産業振興を重視し、保健衛生を軽視するという考え方は変えるべきである。②広範な農民の参加は、合作医療制度の発展に大きな影響を与えることから、農民の意識・意見を十分に尊重しなければならない。③合作医療制度の運営体制にあたっては、日本沢内村の経験「行政・病院・住民の一体化した地域保健体制」を、ぜひ参考にすべきである。その経験は、1)地域保健を実施する際には、行政側リーダーシップが重要。2)住民の意識を反映できるシステムの構築が大切。3)住民の積極的な参加が不可欠。であり、合作医療制度の実施に示唆的である。