氏   名
LI,hong qiu(リ ホングウ)
李  洪 求
本籍(国籍)
韓 国
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第138号
学位授与年月日
平成12年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物生産科学専攻
学位論文題目
Studies on the responses of insulin-like growth factor(IGF)-1 and IGF-binding proteins(IGFBPs) to the nutritional, endocrine modulation and growth in ruminants
(反芻動物における血漿IGF-1濃度とIGF結合蛋白質の栄養及び内分修飾に対する反応と成長への役割の解明)

論文の内容の要旨

 インスリン様成長因子(IGF)-1は動物の成長及び生理作用の調節に重要な役割を持ち、血中で大部分が結合蛋白質(IGFBPs)と結合して循環しそれらにより調節されている。IGFBPsによる IGF-1作用の調節は栄養及び成長ホルモンにより左右される。特に反芻動物は単胃動物とは異なる栄養代謝を行うため、内分泌系の栄養的調節は単胃動物のそれとは大きく異なるものと考えられる。近年、 エンケフアリン由来の成長ホルモン(GH)分泌刺激ペプチドGHRP-2(KP102)の反芻動物での作用について研究が始まったが血漿IGF-1及びIGFBPsへの影響についてはまだよく判っていない。本研究では反芻動物における血漿IGF-1濃度とIGFBPsの栄養及び内分泌修飾に対する反応と成長への役割を解明するため5つの実験を実施した。

 実験1: ホルスタイン種去勢牛における成長、血漿IGF-1濃度と血漿IGFBPsとの関係を調査した。成長に伴う体重の変化と血漿IGF-1濃度およびIGFBP-3とは正の、血漿IGFBP-2とは負の相関関係が認められ、血漿IGF-1濃度とIGFBP-3間には正の相関があり、IGFBP-2との間には相関関係が見られなかった。血漿IGFBP-3/IGFBP-2比は若い時期より成長後半で高くなった。 この結果からホルスタイン種去勢牛における血漿IGFBP-3は成長により変化する血漿IGF-1濃度の重要な調節因子の1つと考えられ、血漿IGFBP-2は若い時期の成長における同化作用に関連している可能性が示唆された。

 実験2: 4ヶ月齢ホルスタイン種去勢子牛と18ヶ月齢去勢牛をそれぞれ通常給餌区と絶食感作区に分け、3日(子牛)及び6日間(成牛)絶食実験を行った。 血漿IGF-1濃度およびIGFBP-3は子牛より成牛が高く、血漿IGFBP-2は子牛の方が高かった(P<0.05)。成牛・子牛共、絶食により血漿インスリンとIGF-1濃度は低下したが、GH濃度は増加した(P<0.05)。また、成牛では血漿IGFBP-2は絶食3日目から有意に上昇し、血漿IGFBP-3は5日目から減少したが、子牛では血漿IGFBP-2は絶食2日目から増加し、血漿IGFBP-3の構成比は減少した。これらの結果はホルスタイン種去勢牛が栄養の変化に対して成長段階毎にIGFBP-2とIGFBP-3の構成比を変えて対処し、IGFBP-2およびIGFBP-3が血漿IGF-1濃度の調節に重要な役割を果たしていることを示していると思われた。

 実験3: 8ヶ月齢ホルスタイン種去勢育成牛を低摂取区(LI;体重比 1.2%)、高摂取区(HI;同2.4%)に分け、各区に生理食塩水又はKP102(12.5μg/kgBW)を6日間毎朝1回投与し、血漿GH、IGF-1濃度の変動及びIGFBPs構成比の推移を検討した。 KP102投与第1日と6日目の血漿GH AUCは対照より有意に増加し、反応ピークはHIが LIより高かった。血漿IGF-1濃度はLIより HIが高く、HIでKP102投与後10時間後から有意に上昇し、投与3日目から次第に減少した。LIではKP102投与により血漿IGF-1は上昇しなかった。KP102投与により血漿IGFBP-3及びIGFBP-4はHIで増加し、血漿IGFBP-2は両区とも有意な変動はなかった。これらの結果から、KP102投与は血漿IGF-1濃度, IGFBP-3 及びIGFBP-4の上昇を誘導し、その程度は飼料摂取量によって左右され、高水準摂取でKP102投与により増加した血漿IGF-1濃度はIGFBP-3 及びIGFBP-4によって調節されていると考えられた。

 実験4: 16ヶ月齢ホルスタイン種去勢育成牛を低蛋白低エネルギー飼料摂取区(LPLE; CP 0.7kg/日、TDN 4.4kg/日)と高蛋白低エネルギー飼料摂取区(HPLE; CP 1.4kg/日、TDN 4.5kg/日)に分け、生理食塩水とKP102(12.5μg/kgBW)を6日間毎日2回投与し,血漿GH、IGF-1濃度の変動およびIGFBPs構成比の推移を検討した。 HPLEはLPLEより血漿IGF-1濃度を増加させ、IGFBP-2を著しく低下させた。KP102投与により血漿GH AUCは増大し、血漿IGF-1濃度もHPLE飼養で上昇した。LPLEではKP102投与による血漿IGF-1の濃度の上昇が見られず、LPLEとHPLE共KP102投与により血漿IGFBPsの有意な変動は見られなかった。 これらの結果から低エネルギー飼養下での蛋白栄養による血漿IGF-1 濃度の変動はIGFBP-2により調節されていると思われ、KP102投与による血漿IGF-1上昇は蛋白栄養水準によって左右されるものと考えられた。

 実験5: 去勢ヒツジを対照区とKP102投与区に分け、それぞれに低エネルギー適蛋白飼養(LENP; CP 0.3kg/日、 TDN 0.8kg/日)後にエネルギー改善飼養(HENP; CP 0.3kg/日、 TDN 1.7kg/日)を行い、各飼養期間中に生理食塩水又はKP102(12.5μg/kgBW)を1週間毎日2回投与した。 適蛋白飼料給与下でのエネルギー補充で血漿IGF-1及びIGFBP-3が増加したが、血漿IGFBP-2は変動しなかった。LENPよりHENPでKP102投与による血漿GH分泌反応が大きかった。KP102投与により血漿IGF-1濃度は, LENP、HENP飼養とも上昇し、IGFBP-3はHENPで有意に増加したが、LENPではIGFBPsは変動しなかった。一方、HENP処理後の肝臓のGH受容体と125I-oGHの結合はKP102投与により有意な増加は見られなかった。 この結果から適蛋白摂取下でのエネルギー改善は血漿 IGFBP-3の増加を誘起し、KP102投与による血漿GF-1 濃度上昇及び IGFBP-3の反応を改善させることが示された。またHENPでKP102投与による血漿IGF-1濃度の上昇は肝臓のGH結合を変化させていなことからKP102の肝臓への直接作用に依るものと考えられた。

 以上の五つの試験結果を総合すると、ホルスタイン種去勢牛においては、IGFBPsは成長に伴う血漿IGF-1濃度変化の重要な調節因子の1つであり、特にIGFBP-2は若い時期の成長・同化作用に関与し、また、低エネルギー飼養下での蛋白栄養による血漿IGF-1 濃度変動を調節し、栄養の変化に対して成長段階毎にIGFBP-2とIGFBP-3の構成比を変えて血漿IGF-1濃度を調節している可能性が示唆された。 一方、GHRP-2投与は血漿IGF-1濃度, IGFBP-3 及びIGFBP-4の上昇させ、その程度は特に蛋白栄養の状態によって左右され、高栄養下でGHRP-2投与により増加した血漿IGF-1濃度はIGFBP-3及びIGFBP-4によって調節されているが、低栄養条件下ではIGFBPsによる調節は発現し難いこと。そして、適蛋白摂取下での栄養改善は血漿IGFBP-3を増加し、GHRP-2投与による血漿IGF-1濃度上昇とIGFBP-3構成比増加をもたらし、この反応は肝臓のGH結合の変化を介さずGHRP-2の肝臓への直接作用である可能性が示唆された。