氏   名
kojima,atsushi
児 島   淳
本籍(国籍)
東京都
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第135号
学位授与年月日
平成11年9月30日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物環境科学専攻
学位論文題目
多雪山岳域における融雪量の時空間分布に関する研究
-八幡平での積雪,植生ならびに気象要素に着目して-

      
(Studies on Temporal and Spatial Distribution of Snowmelt at Mountain Regions Covered with Deep Snow
- Based on the characteristics of spatial distribution of snow, vegetation and meteorological elements at Mt. Hachimantai-) 

論文の内容の要旨

 本研究では,多雪山岳域である八幡平での融雪量の時空間分布特性を検討した.融雪量の時空間分布を規定する因子として,積雪深,植生,気象要素の時空間分布に着目した.

1.多雪山岳域での融雪量の時空間分布を規定している要因について
 多雪山岳域である八幡平での融雪量の時空間分布を規定する因子の時空間分布特性は,以下の3つに要約された.1)積雪深は標高が高いほど大きい傾向にあった.2)八幡平の樹高は標高とともに減少し,樹種は高標高では針葉樹,低標高では広葉樹の占有率が高くなった.3)全天日射量,気温,水蒸気圧は,標高の増加により減少し,風速は高標高になるほど増加する傾向にあった.また,これらの気象要素の標高依存性は,時間毎あるいは季節毎に大きく変動した.

 1),2)の積雪深と樹高の時空間分布により,雪面上に露出する樹高は,高標高域では低く,低標高になると高くなる傾向があった.従って,積雪深と樹高の時空間分布は林床積雪面上での融雪量に影響を与えると考えられる.シミュレーションにより,3)の各気象要素の時空間分布の変動が,融雪量の時空間分布に強く影響することが示された.これらの結果から,気象要素の時空間分布を評価するアルゴリズムを含む融雪量分布推定モデルの構築の必要性が示された.

2.風速分布推定モデルの構築
  融雪量分布の推定に必要となる,山岳域における地表面風速の時空間分布を推定するモデルを新たに構築した.新しい風速分布推定モデルでは,山越え気流を表すScorer式から導出されるラプラス方程式を基礎式にもつポテンシャル流が,高度3,000mから山岳域の上空500mの間で成立すると仮定した.また山岳域上空500mから地表までには,地形および地表面構成要素で形成される粗度による風速の対数分布を仮定した.このモデルにより,高層の風速および風向と地形,地表面の粗度がわかれば,複雑地形上の風速場が推定可能となった.

3.新しい融雪量分布推定モデルの構築
 従来の熱収支法による分布型融雪モデルに,気象要素の時空間分布特性を評価できるアルゴリズムを加えて,新たな融雪量分布推定モデルを構築した.モデルの中では気象要素の時空間分布を以下のように与えた.①気温,水蒸気圧の時空間分布は形成機構が複雑なため,実測された2地点での観測値から標高分布を与えた.②全天日射量の時空間分布は相対湿度の関数で表すことで標高分布を与えた.③風速は上記の風速分布推定モデルで推定した値を与えた.

4.八幡平での融雪量の時空間分布特性についての考察
 新たに構築された融雪量推定のための分布型モデルを用いたシミュレーションで以下のことが示された.

1)融雪量の標高分布の決定機構:融雪量の標高分布は,顕熱,潜熱輸送量の標高分布に規定されることが示された.また,低温条件下では融雪量の標高分布は顕熱の影響を強く受け,高温条件下では潜熱の影響が大きくなると推測された.純放射量の標高分布が与える影響は顕熱,潜熱に比べ小さいことが示された.

2)融雪量の空間分布の決定機構:同標高域での融雪量の空間分布は,低温下では純放射量の空間分布が主な原因であると推測された.一方,気温が10℃以上になると融雪量の空間分布は乱流輸送量の空間分布に強く依存するようになることが示された.高標高域では風速の場所による違いが大きいため,融雪初期から乱流輸送量の空間分布が支配的となることが示唆された.

3)植生の空間分布が融雪量の時空間分布に与える影響:高標高域に存在する針葉樹林帯が,融雪流出のピークを減少させることが推定された.特に,高温条件下では,植生のない状態や落葉樹林の場合よりも針葉樹の融雪量を減少させ消雪を遅延させる効果が大きいことが示唆された.

4)融雪初期積雪深の空間分布が融雪量の時空間分布に与える影響:積雪深が高標高ほど大きい場合,積雪が植生を被覆することにより高標高域での地表面粗度が減少すると考えられる.このため,高標高域では積雪深が深いほど融雪量が大きくなることが示唆された.この現象は高温条件下で顕著となることが示唆された.

以上,多雪山岳域である八幡平では高気温,高水蒸気圧下で融雪が生じることと,積雪深と樹高および植生が標高分布することが,融雪量の時空間分布に大きな影響を与えることが明らかにされた.