氏   名
Mogoe,toshihiro
茂 越 敏 弘
本籍(国籍)
東京都
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第132号
学位授与年月日
平成11年9月30日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物生産科学専攻
学位論文題目
Spermatozoa and testicular function of southern minke whale
(Balaenoptera acutorostrata)
(南半球産ミンククジラにおける精子および精巣機能)

論文の内容の要旨

 ヒゲクジラ類の中で最小の海棲哺乳類であるミンククジラは世界中の海域におけるすべての緯度で広く棲息しており、その推定資源量は78万頭ともいわれている。そしてほかのヒゲクジラ類と同様に、熱帯または亜熱帯海域での冬季繁殖海域と高緯度海域での夏季搾餌海域の間を季節を通して回遊することが知られている。本論文は、日本政府の科学許可による南半球産ミンククジラおよび南極海生態系に関する予備調査計画に基づき、財団法人日本鯨類研究所が主管する南半球産ミンククジラ捕獲調査において捕獲されたミンククジラ個体を元に、雄ミンククジラにおける生殖機能を解明した3つの章から成る。

 多くの哺乳動物において精子形態は詳細に比較検討され、種の違いによる繁殖機能の差異が解明されている。そこで、まず第一章では、ミンククジラ精管内精子の形態を評価した。第8次調査で捕獲された成熟雄11頭の精管から回収した運動精子を凍結保存した後に37℃で融解し、精子運動率、精子生存率、精子濃度および精子奇形率を算出した。また、走査電子顕微鏡で精査し、頭部形態および精子奇形率を算出し、正常精子の頭部長、尾部長を計測した。11頭中7頭のサンプルにおいて1~20%の精子運動性が、また1~11.6%の精子生存率が認められた。精子濃度は、13~585.2×106/mlの範囲であった。精子頭部の形態は7種に分類され、もっとも共通した頭部形態は円錐および楕円型であった。。精子奇形率は81.8%であり、頭部奇形が65.1%、中片部奇形が15.5%、尾部奇形が41.9%であった。精子全長は56.7±7.0μmであり、頭部長及び尾部長は各々5.2±0.1μm、51.7±0.5μmであることがわかった。以上の結果より、精管から回収されたミンククジラ精管内精子の奇形率は非常に高いことが示された。

 第2章では、精管から回収されたミンククジラ精子の低温および凍結保存に用いる希釈液、卵黄処理および凍結保存温度の違いを検討した。第9次調査で捕獲された運動精子を有する17頭を低温(トリス主体液とm-PBS、5℃)および凍結(2種類の卵黄処理、-80℃および-196℃)保存に用いた。凍結保存液に用いた2種類の卵黄は、トリス主体液に5%グリセリンを添加した希釈液にあらかじめ混合凍結したものと使用直前に添加したものである。低温保存は24時間間隔で精子が運動しなくなるまで観察し、凍結保存は融解(37℃)直後(0h)、2、4、6、8、10時間後の運動率および融解直後と10時間後の生存率を検討した。その結果、低温保存では21-22日まで運動精子が観察され、希釈液間に差は見られなかった。凍結融解精子では運動率および生存率に卵黄処理法や凍結保存温度の違いはなかった。以上の結果から、ミンククジラ精管内精子は5℃の低温保存で約3週間運動性を示すこと、卵黄を事前に混合した凍結希釈液が使用可能なこと、凍結保存温度は-80℃でも可能であることが明らかにされ、精管から回収されたミンククジラ精子の -80℃における凍結保存が液体窒素を用いない条件では有効な方法であり、遺伝資源保存および体外発生の研究に応用できることを示した。

 精巣の形態、機能には下垂体LHの支配下でのアンドロジェン生産とそれによる精子生産が知られている。しかし海棲哺乳類であるミンククジラの生殖腺機能はほとんど明らかにされていない。そこで第三章では、搾餌期における南半球産成熟雄ミンククジラの精巣機能を調べた。第11次調査において捕獲された成熟雄ミンククジラ62検体より、血液サンプル、精巣、精巣上体および精管を採取した。これらのサンプルより精管内精子有無および運動性、血漿中テストステロン、エストラジオール-17βとLH測定、および精細管面積と一精細管内の精細胞計数を行った。月毎(12、1、2、3月)の体長および体重に変化はなかったが、精巣重量、精巣上体重量および精巣体積は2月に大きく減少した。また、血漿中テストステロン濃度は1月に減少した。血漿中エストラジオール-17β濃度は2月に増加する傾向が見られた。精細管面積は1月に減少し、その後3月まで増加していった。また、一精細管当たりの精細胞数は、12月から減少し3月まで低いままであった。精管内精子保有個体は12月から急減し、2、3月にはまったく観察されなかった。精巣重量と血漿中エストラジオール-17β濃度の間に相関関係は見られなかったが、精巣および精巣上体重量はそれぞれ精細管面積、一精細管当たりの精細胞数および血漿中テストステロン濃度と有意な相関関係が見られた。以上の結果から、陸棲哺乳類と同様に南半球産ミンククジラにおける精子生産は季節要因に関係しており、その精巣機能調節には、テストステロンおよびエストラジオール-17βが関与していることが示唆された。そして、精巣機能は、搾餌期である12月から1月に精巣機能は減少していることが明らかとなった。