氏   名
さとう のぶよし
佐 藤 薫 由
本籍(国籍)
岩手県
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
甲 第26号
学位授与年月日
平成12年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
物質工学専攻
学位論文題目
遷移金属上へのCe蒸着に伴う表面現象の研究

論文の内容の要旨

 強相関f電子系化合物が輸送現象や磁性において、heavyfermion状態や高密度近藤状態、さらに超伝導への移り変わり等、様々な興味深い特性を示す事はよく知られている。その特異な磁性は、局在4f電子と伝導電子の混成に起因するというモデルで理論的解明の努力がなされており、その電子混成は磁性原子間の距離に依存すると考えられている。また最近の研究から、Ce化合物において、その物性が磁性原子の低次元配列に関係していると考えられる物質が発見されている。

 このような研究に於いて、薄膜技術を用いた材料設計は、新物質開発、新奇機能の発見を促す意味で非常に有効である。さらに上述のCe化合物に関して言えば、磁性原子の低次元配列を人工的に作製する、その層間距離を原子レベルで制御する可能性に意義がある。

 また、その多層膜試料を単結晶で作製すれば、低次元配列を持たない既存の物質に関して、低次元配列の効果を観測できる可能性がある。あるいは低次元配列を持っている物質に関してはその面間の元素置換や距離を原子レベルで制御出来るという期待がある。

 そのためには、蒸着界面の形成や構造を正確に制御し、評価する研究が必要である。

 過去の遷移金属(TM)上に蒸着された希土類元素の成長機構に関する研究では、希土類元素の拡散が室温蒸着中に起こるほど著しい事が知られており、この拡散性が急峻な界面を持つ多層構造の作成の障害になっている。しかし、適切な成長温度を用いて内部拡散を活性化させ、形成された化合物が界面をエピタキシャルに安定化させる現象がEu/Pd界面の研究で報告されている [F. Bertran et al. , Phys. Rev. B 46(1992) 7829.]。すなわち適切な作成条件を用いればCe-TM系においても熱的に安定でかつ急峻な界面を実現するような化合物層が得られる可能性がある。

 本研究ではCe蒸着面として、Cu9Ga4(110)、Cu(100)、Fe(110)、Fe(100)の4種を、GaAs(110)上、SrTiO3(100)上に準備した。育成法としては、蒸着Ce原子の表面運動を観察する為に蒸着速度はなるべく小さく出来るような制御性が求められる。また、Ceは大気成分との反応が活性である事にも配慮する必要がある。そのため本研究では育成法として標準真空度が10-10 torr台のMBE法を用いた。RHEED によるCe蒸着のその場観察や、XPS、XRD、AFMによる蒸着膜評価から遷移金属上のCe蒸着層形成の振る舞いとその機構、さらにTM/Ce-TM(化合物)多層構造実現可能性を調査した。

 成長温度が300℃以下では皆、表面層はアモルファス構造になった。

 Cu9Ga4(110)へのCe蒸着では、300℃蒸着で表面は結晶を形成するが平坦性は失われる。しかし、700℃蒸着では極表面層領域でのみ新たなRHEEDストリークパターンが現われた。この表面層はCeCu5(001)、またはheavyfermion 系として知られるCeGa2(001)であると考えられ、強相関物質の原子レベルの層状構造を実現する可能性がある。

 Cu(100)上へのCe蒸着では700℃蒸着により、γ-Ce、CeO2、CeH3の混合状態のFCC結晶が得られた。この蒸着層のRHEED観察結果から下地のCu(100)に対して高温でも層間がエピタキシャルに結合した単結晶成長が実現した事が示された。またXPS分析から、Cu中へのCeの拡散はあるもののCe蒸着量が100Å程度であれば組成変調構造が実現できる事が示された。さらに、Ce-Cu間で電子構造的な結合をもっている事が示唆された。

 Fe(110)上への300℃での蒸着では、結晶性が乱れているもののγ-Ce(100)結晶が得られた。すなわち、従来拡散が激しいと指摘されていたCe/Fe系においてもFeの結晶面を適切に選択する事によって安定な多層構造を作製しうる事を示した。700℃蒸着ではFe(110)に対して特定の面内方位関係を持ったCeFe7(101)が現われる。

 Fe(100)上へのCe蒸着の場合は、300℃蒸着でCeFe7(101)の2次元繊維構造が出現する。CeFe7の形成過程(拡散、反応)をFe(110)の場合との比較する議論において、CeFe7(101)/Feは急峻な界面を持ち、多層構造作製に有利な系である事が示唆された。また、遷移金属の結晶面を適切に選ぶ事によって拡散を抑制できる事が示された。

 以上の結果からCe/遷移金属系の単結晶多層膜作製方針として、第1に、拡散性と格子整合性を考慮した基板選択を行う、第2に、適切な育成条件を用いる事によって拡散がある場合でも化合物の急峻界面を実現する、が提案された。