氏   名
佐々木 陽
本籍(国籍)
日 本
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
甲 第24号
学位授与年月日
平成12年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
物質工学専攻
学位論文題目
硫化水素型地熱水による木材の改質とその応用に関する研究

論文の内容の要旨

 本研究を行う上での背景は大きく2つある。一つは未利用資源となっている木質素材を有効利用することと、もう一つは豊富に熱エネルギーを生産している地熱資源の活用である。未利用な木材資源の多くは針葉樹の間伐材であるため、その用途開発は非常に困難を極めている。また木材工業から排出される端材や樹皮おがくずなどの産業廃棄物、都市空間からでる街路樹等の伐採林、建築廃材などの処理も大きな社会問題を生んでいることから、これら廃材をも含めた未利用な木材資源の有効利用を早急に図る必要性が出てきている。

 一方、工業社会の発展と人口の増加に伴うエネルギーの需要とその有効利用は、環境保全の問題と関連して今日の大きな社会的課題となっている。たとえば現在、中心となってエネルギーを生み出している石油や石炭などの化石燃料は、有限資源であるとともに炭酸ガスの放出による温暖化を引き起こすものとして様々な議論の対象となっている。そこで石油、石炭に代わる代替エネルギーとしての地熱エネルギーが環境に優しい資源として注目を集めるようになった。しかも地熱発電以外に排出される熱エネルギーや地熱水の成分を有効的に活用できる可能性が高いことからさらに大きな期待が寄せられている。たとえば、硫化水素型の地熱水には酸加水分解の作用があることから、セルロース系の素材を化学修飾する溶液としての可能性がある。しかし、地熱水中の微量成分が木質材料の改質化に与える影響をマクロな構造変化や結晶領域の変化で検討した事例はなく、また化学修飾する上での官能基の反応性や可塑化、熱的流動性と接着性など、機能性木質素材を検討する上での基礎的な検証は未だなされていない。

 そこで本研究では硫化水素型地熱水による木質素材の改質化とそのメカニズムを明らかにするとともに、地熱水による化学修飾の可能性や改質化された木材から得られるあらたな機能性材料の可能性について検討を行った。

 第1章では本研究の背景、目的および木材の化学修飾に対する基本的な考え方を述べた。

 第2章では地熱水のモデルとして用いた合成温泉水による木材処理の物理的な変化と、加水分解された抽出物の検証を行った。その結果蒸留水処理との比較で重量が軽く空孔率の高い木材が得られること、煮沸処理された針葉樹からはアラビノース、キシロースが、広葉樹からはキシロースが抽出され、その抽出量は合成温泉水で処理した場合のほうが多いことが分かった。よって合成温泉水処理で得られた木材は、吸湿成分である多糖類が減少しているため、水分に対する膨潤性が改善されることが確認された。

 第3章では合成温泉水処理された木材の結晶領域の構造変化を同一の酸性度を持った硫酸水溶液の場合と比較し、合成温泉水処理木材の特性についてミクロ的な見地から検討を行った。その結果、重量変化では硫酸水溶液で処理したものと大きな差は見られなかったが吸湿率に差が生じ、また加水分解率曲線から求めた結晶化度および加水分解速度常数値から溶液処理による結晶変態がセルロースの折りたたみ構造に基づいて考察できることが分かった。さらに溶液処理の時間と共に結晶領域の幅が広がり、特に合成温泉水処理されたスギの結晶領域幅は硫酸水溶液で処理した物と比較して大きい値を示した。一方結晶領域長はいずれも減少した。以上のことから加水分解による木材中の分子鎖の再配列に関して、合成温泉水で処理した木材は結晶領域を高めるような構造で変位することが分かった。その理由として合成温泉水処理木材中の鉄イオンの関与を推定した。

 第4章では合成温泉水で処理された木材表面の反応性に注目しXPSによる表面解析と、処理した木材をアセチル化、アリル化した時の熱的特性から可塑化木材の可能性について検討を加えた。その結果合成温泉水で処理することにより表面の親水性が増し、化学修飾の反応性が向上することが分かった。またそれら試料の熱分析結果から合成温泉水で処理した木材の熱可塑性向上が示唆された。

 第5章では合成温泉水で処理された木材が酸性化することと木材内部に鉄イオンが多く存在することに注目し、アンモニアガスの吸収特性につい検討した。その結果処理された木材のアンモニア吸収率は未処理の2.5倍から4倍あることが分かった。また前処理後さらに硫酸第一鉄処理した木材は吸着能がより向上することも確認された。一方実際の温泉水で処理した木材の吸着能は、合成温泉水で処理した場合よりも高かった。

 第6章では前処理木材中の鉄イオンをさらに機能的に用いるために、合成温泉水で処理した木材を炭化し染料の吸着特性について検討した。その結果前処理時間が長くなるほど炭化物の比表面積は増大し、染料吸着の向上が見られた。その理由として合成温泉水処理した木材中に配位した鉄イオンが炭化時に酸化鉄となり水溶液中でプラスに解離するため、陰イオン性の染料の吸着向上がみられたことと、同じく鉄イオンが炭化物のグラファイト化を促進すると推定した。

 第7章では合成温泉水処理木材の実用化応用例として、生ゴミ完全分解処理装置の開発経緯を述べた。すなわち合成温泉水処理された木材チップは空孔率が高く酸性化していることから微生物の発生と育成に有利であり、微生物の担持場所として非常に効果的であると結論した。

 第8章では研究の総括と今後の展望について述べた。