氏   名
齋 藤   昇
本籍(国籍)
福島県
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
甲 第23号
学位授与年月日
平成12年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
物質工学専攻
学位論文題目
液胞による結晶純度の低下と懸濁環境下における結晶成長
(Purity drop of crystals by liquid inclusion formation and crystal growth in suspension)

論文の内容の要旨

 晶析により工業的に製造される結晶粉粒体の特性やその製品価値は,純度,形状,平均粒径,粒度分布,結晶性に依存している.この中でも純度は特に大切な因子である.また,晶析操作は物質の精製手段としても工業的に広く用いられている.従って,結晶純度の制御法あるいは高純度化手法の確立が望まれている.

 結晶純度低下の主要因は,結晶が成長する際にその内部に液胞として取り込まれる母液である.この液胞の生成は,結晶生産性を無視した理想的な環境下においては,防ぐことが出来る.しかし,大量の結晶粒子群の製造を目的とする工業操作では,液胞生成の防止法は確立されていない.液胞による結晶純度の低下すなわち液胞生成の防止には,工業晶析装置内の液胞生成機構を正しく把握することが第一である.そこで,本論文では液胞生成の機構を明らかにすることを目的とした.

 第1章では,結晶純度低下の要因を分類し,更に結晶高純度化の方法について既往の研究を整理した.また,結晶純度低下の主要因となっている液胞形成について,これまでに報告されている研究をレビューした.

 第2章では,塩化ナトリウム結晶を小型の晶析装置により撹拌条件下で製造する実験について述べた.液胞量と結晶粒径の関係を調べ,結晶1 個当りの液胞量が結晶粒径の 4 乗に比例することを明らかにした.次いで,この関係が工場スケールの装置で製造された塩化ナトリウム結晶についても成立することを文献データの検討により明らかにした.またこの関係は,塩化ナトリウムのみならず,塩化カリウム結晶やフタル酸水素カリウム,更に過塩素酸アンモニウムについても成立することを示した.一般性のあるこの関係は,工業的な晶析条件の設定に役立つと思われる.撹拌環境下で生成された結晶の液胞量は静止条件下において生成された結晶に比べ 10~100 倍も多いという事実から,実際の晶析装置内のおける液胞生成は,懸濁環境下特有の現象(結晶同士の衝突,結晶―撹拌翼間の衝突,結晶面の磨耗,凝集,微結晶の付着など)によって引き起こされるものと推定した.

 一方,生成結晶の顕微鏡観察から,低懸濁条件下で作成した塩化ナトリウム結晶中の液胞はその殆どが layer 型(結晶面に平行な層内に分布)であり,高懸濁結晶では,この layer 型の他,凝集した結晶同士間に母液が包含されている型の液胞も見られることを明らかにした.

 第3章では,液胞生成の主要因と考えられる懸濁環境下特有の現象のうち衝突に伴う機械的刺激と微結晶付着を取り上げて,これらの現象が実際に液胞生成の要因となり得るかを,フローセルを用いた顕微鏡下の結晶成長実験で調べた.これらの実験は,実際の晶析装置内の成長現象を模擬したものである.塩化ナトリウム種結晶に機械的刺激を与えた後,あるいは微結晶が塩化ナトリウム種結晶に付着した後,種結晶には層状に並んだ液胞が生成した.これは第2章で述べた液胞と同じく layer 型であり,これにより機械的刺激や微結晶付着が実際の装置の内部でも液胞生成の原因となっていることが示唆された.Layer 型の液胞は,従来より報告されていた「機械的刺激が与えられたその場所や付着微結晶の周囲に形成される液胞」とは異なり,機械的刺激が与えられた場所および微結晶から離れた場所に生成した.

 更に, layer 型の液胞生成と種結晶の成長速度変化が密接に関係があり,layer型の液胞生成が起きる時は必ず結晶の成長が促進されており,全く成長が促進されない場合には液胞が生成しないことを明らかにした.

 また,機械的刺激により結晶表面に微結晶が配列した状態で生成することをその場観察実験により明らかにした.更に,この配列微結晶が発達する過程において母液が包含されたことも確認し,配列微結晶の生成が結晶純度の低下の要因となる可能性を指摘した.

 第4章では,フローセル中で塩化ナトリウム種結晶を成長させた場合,機械的刺激および微結晶の付着に起因する種結晶の成長促進現象について詳しく検討した.第3章で述べた光学顕微鏡下での結晶成長のその場観察実験の他に,原子間力顕微鏡を用いて塩化ナトリウム結晶表面を詳細に調べ,成長促進現象の機構を検討した.また,フタル酸水素カリウム結晶でもその場観察成長実験を行ない微結晶付着による欠陥の生成,機械的刺激による欠陥の生成などが原因となり,ステップの発生頻度が高まるとする結晶成長促進の機構を提案した.

 第5章では,第2,3,4章を通じて得られた新規な現象および知見についてまとめた.以上要約すると本研究では,懸濁環境下で作成した結晶中の液胞量と粒径の関係を見い出し,更に懸濁環境下における液胞形成機構について示した.