氏   名
猪 狩 征 也
本籍(国籍)
岩手県
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
甲 第22号
学位授与年月日
平成12年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
物質工学専攻
学位論文題目
摩擦を低減する物質の反応とトライボロジーに関する研究

論文の内容の要旨

 潤滑剤は古代文明時代から数千年にわたり使用されてきたが、添加剤を含む「高級潤滑油」が普及し始めてから50年程度しか経っておらず、作用機構が充分解明されないまま使用されている例は多い。それは、潤滑油膜厚さがμmからnmレベルであり、そこで生成する反応物の量は非常に少ないこと。また、材料(金属組成や潤滑油添加剤)や使用条件(滑り速度、荷重、表面粗さ、温度など)の組み合わせは無数に存在し解明は容易ではなく、研究例も多くはない。

 そこで筆者は、従来から特異な現象が指摘されていたアルミニウム及び湿式摩擦材のトライボ化学に関する研究を行い、トライボロジー特性に化学反応が深く関与していること、そしてこれらのトライボロジー特性を向上し、また阻害する潤滑特性と剤の分子構造について明らかにすることが出来た。

 本論文は、これらの研究成果を6章にわたって整理体系化したものである。

 第1章ではトライボロジー並びにトライボ化学概論と本研究の目的について述べた。

 第2章ではアルミニウムの潤滑に対するオレフィンの摩擦面生成物の分析を行いトライボロジー特性とオレフィンのトライボ化学反応の関連を明らかにした。

(1)オレフィンはアルミニウム及びアルミニウム合金に対して特に優れた潤滑効果を示した。オレフィン誘導体ではアリルアルコール誘導体が優れた潤滑性を示した。
(2)摩擦面生成物は脂肪酸、エステルなどの他にポリアルキレンオキシド構造のポリマーで構成されていた。これらエステル、ポリアルキレンオキシド及びその中間体であるアルデヒド、ケトンなどが潤滑性を向上させる。
(3)摩擦面生成物の生成機構はオレフィンの酸素酸化機構により説明出来るが、その反応は非常に速いものであり、アルキルアルミニウムの酸化反応も考慮する必要があると考察した。

 第3章ではこれまで相反する結果が報告されてた、ジオール、アルキレングリコール類のアルミニウム潤滑に対する摩耗の影響を調べ、その分子構造が摩耗に及ぼす影響を明らかにした。また、そのメカニズムについて考察した。

(1)ジオールやアルキレングリコールを潤滑剤として使用すると、粘度の効果は期待できず、分子構造の影響が大きくなる。この現象は通常の潤滑剤では認められないものである。
(2)分子両末端にOH基を持つジオールの摩耗は非常に多く、無潤滑時より多くなる場合がある。ジオールにアルキル基を付与したりOH基をエーテル化すると潤滑特性は大幅に向上する。
(3)摩耗が増加するメカニズムはアルミニウム表面の一部がアルコキシドとなり、表面皮膜の強度を低下させることによると考えられる。

 第4章では湿式摩擦機構用潤滑油に添加されているFM(Friction Modifier : 摩擦調整剤) のうちアミド系FMと炭化水素の酸化生成物との反応を調べ、FMの劣化メカニズムを明らかにした。

(1)アミドは基油の酸化生成物であるヒドロペルオキシドと反応してエステル、過エステルを生成する。
(2)アミドはまた、基油の酸化生成物であるアルデヒドと酸性条件下激しく反応してイミンへの転換を経てビスアミド体を生成し、更に複雑な重合物が形成することをモデル反応を通して明らかにした。

 第5章ではZn DTP(ジチオリン酸亜鉛)の分解について調べ、摩擦面における分解が非常に速いこと、またFMの添加により分解を防止できることを明らかにし、そのメカニズムについて考察した。

(1)Zn DTPは摩擦面において急速に分解する。分解速度は同一温度条件の空気酸化と比較して48倍の速さであった。
(2)摩擦面でZn DTPが急速に分解するのは、鉄表面とZn DTPが反応して生成する表面皮膜が除去される行程、すなわち皮膜生成と除去が繰り返される為と考えられる。
(3)摩擦面におけるZn DTPの分解防止には、ある種のFMが大きな効果を示した。この防止効果は、生成する表面皮膜の上にFMの保護膜ができて、新たな反応皮膜の生成を防ぐ為と考察した。

 第6章では本研究の結果を総括し、さらにトライボ化学的観点からアルミニウム及び湿式摩擦剤用潤滑剤のさらなる性能向上と寿命延長対策について展望した。