氏   名
Tanaka,Hiromasa
田 中 弘 正
本籍(国籍)
東京都
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第127号
学位授与年月日
平成11年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物環境科学専攻
学位論文題目
コガタルリハムシの成虫休眠における特異的タンパク質の構造と機能の解析
(Structure and function of a proteln produced during adult diapause of the leaf beetle, Gastrophysa atrotcyanea)

論文の内容の要旨
 内因性成虫休眠の機構を解析する目的で,コガタルリハムシ(Gastrophysa atrocyanea)成虫の休眠前後でのタンパク質の変動をtrlcineSDS-PAGEで分析した結果,休眠期に特異的に出現するペプチドの存在を明らかにした。また,デイスクプレパラティブ電気泳動とHPLC(ゲル濾過カラム,逆相カラム)の組み合わせにより,休眠期特異的ペプチドの単離・精製をおこなった。本ペプチドは電気泳動では分子量7.9kの移動度を示したのに対し,MALDITOF-MSによる質量分析では4466.3という値を示した。プロテインシーケンサーを用いた精製物の分析では,N-末端から36残基アミノ酸配列を同定することができた。(AVRIGPXDQVXPRIVPERHEXXRAHGRSGYAYXSGG..)。また,同定したアミノ酸配列の一部をもとに抗体を作成し,ウエスタンブロッティングおよび免疫組織化学的方法による分析の結果,本ペプチドが脂肪体で合成され,体液中に放出されることが示された。

 さらに,本ペプチドの一次構造および機能を解析することを目的として,精製法の再検討をおこなった。休眠期成虫から酸性メタノール溶液でペプチド画分を粗抽出した後,HPLC(逆相カラム)で分離することにより,高純度のペプチドを得ることができた.この精製物を利用し,ピリジルエチル化,酵素による消化,ペプチドラダー法およびラセミ化法により,C-末端がアミド化されていないシステイン6個を含むアミノ酸41残基の一次構造を明らかにすることができた(AVRIGPCDQVCPRIVPERHECCRAHGRSGYAYCSGGGMYCN)。このアミノ酸配列に対して相同性のある既知のタンパク質は存在しなかった。しかし,..C..C..CC..C..C..というシステインの配置は,植物から得られた抗菌ペプチド(Cammue et al.,1992;De Boll le et al.,1997),貝の毒素(Olivera et al.,1990,1991),クモの神経毒(Fletcher et al.,1997)の場合と類似性が認められた。一方,コガタルリハムシ成虫が長期にわたり土中で休眠を継続することから,生体防御に関与していることも考えられるため,休眠期特異的ペプチドのカピに対する発育の抑制を検討した。その結果,アルタナリア菌(Alternarianali),灰色カビ病菌(Botorytis cinerea),いもち病菌(Pyricalaris oryzae)に対して,発育の抑制活性を示すことが明らかとなった。このことから,休眠中における機能として生体防御との関連性を示唆することができた。

 休眠期特異的ペプチドをコードするcDNAのクローニングには,RT-PCR法およびRACE法を用いた。明らかとなったアミノ酸配列をもとにして,混合オリゴヌクレオチドを作成し,休眠期から得られたpoly A+RNAを利用してRT-PCRをおこなった結果,本ペプチドをコードするcDNAの塩基配列の一部を明らかにすることができたこの遺伝子に特異的な塩基配列をもとにしてRACE法をおこなった。Marathon cDNA amplification Kit を用いた5'RACEおよび3'RACEでは,本ペプチドのアミノ酸配列を含む塩基配列を得ることができたが,5'RACEにおいて,開始コドンの存在を明らかにすることができなかった。このことは,1本鎖DNAを合成する際の逆転写反応において,5'末端までの伸長が完全におこなわれていないことが考えらるため,SMART PCR cDNA Synthesis Kit を用いたcDNAの作成をおこなった。この方法では完全長のcDNAのみが得られるために5'RACEのテンプレートとして利用した.その結果,開始コドンを含む塩基配列を明らかにすることができた。これらの結果を総合し,休眠期特異的ペプチドをコードするcDNAの塩基配列を決定することができた。また,遺伝子の発現を検討するためにノーザンブロッティングで分析したところすべてのステージにおいてmRNAの発現があることが判明した。このことから,本ペプチドの発現の制御は,翻訳段階でおこなわれていると考えられる。

 本研究において,休眠期特異的ペプチドの一次構造およびcDNAの塩基配列,さらに機能としてカビに対する発育抑制を明らかにすることができた.本ペプチドのように,休眠期に特異的に出現し抗菌活性を有するペプチドは,本ペプチド以外では同定されておらず,システインの配置を除いて,アミノ酸配列と塩基配列においても相同性の高いタンパク質の存在を確認することができない。このように,本ペプチドは新規の機能性物質であり,今後,長期生命維持機構の解明ならびに昆虫由来の有用物質としての活用が期待できる。