氏   名
Zhang,Feng lan(ザン フォン ラン)
張  風 蘭
本籍(国籍)
中 国
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第118号
学位授与年月日
平成11年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物資源科学専攻
学位論文題目
Studies on development of ceII breeding technologies in Chinese cabbage
(白菜における細胞育種法の開発に関する研究))

論文の内容の要旨

 白菜は極東アジアで最も重要な野菜の一つである。近年、植物育種にバイオテクノロジーを利用した育種技術の開発が様々な作物で行われているが、白菜はその技術開発が進んでいない植物の一つである。本研究では、白菜における細胞育種技術の開発を目的とし,小胞子培養系を用いたin vitroでの突然変異誘発と耐病性個体の選抜、小胞子胚発生能の遺伝要因の解析及び遺伝子導入法の確立に関する研究を行った。

1.小胞子培養系を用いたin vitro突然変異誘発法及び耐病性個体の選抜

 軟腐病及び黒腐病はアブラナ科植物を広範に侵す重要な病害であり、白菜類において抵抗性の遺伝資源の検索が多数の研究者によって行われてきたが、強度の抵抗性素材が見出されていない。白菜は小胞子から効率良く胚発生する培養系が確立されており、この系を利用して様々な育種操作が可能と思われる。本章では、白菜の耐病性突然変異を得ることを目的とし、小胞子培養系を用い、人為突然変異誘発のための最適紫外線処理条件及び耐病性(軟腐病、黒腐病)変異個体選抜のための選抜条件について検討した。紫外線照射による小胞子胚発生への影響を調査したところ、照射時間の増加とともに胚形成数は減少し、LD50は約12秒であることが明らかとなった。軟腐病及び黒腐病菌の培養濾過液を培地に加えることによる小胞子胚発生および植物体再生への影響を調査した結果、菌の培養濾液が抑制的に働くことが明らかとなり、耐病性の選抜に利用できる可能性が示唆された。この系を用いて軟腐病抵抗性の変異体の選抜を行った。紫外線処理した小胞子由来の不定胚6657個を軟腐病菌の培養濾過液を含んだ培地で選抜し、250個体が得られ、108個体においてM1種子を獲得した。これらのM1個体の軟腐病抵抗性を針刺接種法により評価したところ、検定したコントロール7系統が全て感受性または高度感受性を示したのに対して、検定された46選抜系統のうち、3系統が高度抵抗性を示した。これらの系統が育種材料として白菜の耐病性育種に役立つことが期待された。

2.小胞子培養の胚発生能に対する遺伝分析及び連鎖するRAPDマーカーの探索

 アブラナ科作物の小胞子からの胚発生能は遺伝子型の影響が大きく、半数体育種法を適応しうる品種は限られている。そこで、白菜及びナタネにおいて、それぞれ胚形成能の異なる4品種(系統)を用い、総当たりダイアレル分析を行い、胚発生能に関する遺伝的要因を明らかにした。その結果、両種とも類似した結果を示し、1)胚発生能は遺伝子の相加的効果が大きく、2)高い胚発生能が一般的に優性の形質であり、3)細胞質の遺伝因子の効果はなく、4)遺伝率は高いことが明らかとなった。一方、白菜の場合はナタネに比べて優性効果も胚発生能に寄与していた。以上の結果から、交雑により胚形成能を高い品種から低い品種に導入することは可能と思われた。

 さらに、白菜において胚発生能に関与している遺伝子座と連鎖する分子マーカーの探索を行った。小胞子胚発生能の高い'HoMei'のDH系統と低い'269'系統及びそのF1植物の小胞子由来集団(MP)及びF2集団を用い、MP集団におけるDNAマーカーの分離の歪みを利用することで胚発生能と連鎖するマーカーの探索を行った。230個のランダムプライマーにより、両親間で148のRAPDマーカーの多型が得られた。MP集団においてマーカーの分離パターンを調査した結果、分離の期待値である1:1と有意に歪んだマーカーが21得られた。F2集団を用いてこれらのマーカーと小胞子胚発生能との関係を調べた結果、'HoMei'型のマーカーを持つ個体の胚発生数が'269'型を示す個体の胚発生数よりかなり多くなるマーカーが7つ見出された。これらの7つのマーカーについてはそのマーカーの数を多く持つ個体ほど胚発生能が高く、これらのマーカーは胚発生能に関して相加的効果を示すことが明らかとなった。この結果は上記のダイアレル分析で解析した小胞子胚発生能の遺伝要因は相加的効果が有意であるという結果と一致し、これら7つのマーカーは小胞子からの不定胚発生能に大きく関わっている遺伝子座の近傍に存在しているものと考えられた。

3.効率的な再分化系と遺伝子導入系の確立

 白菜の形質転換は極めて困難であり、その原因は白菜の組織へアグロバクテリウムの感染が低い点や組織からの再分化能が低い点であった。そこで、本章では白菜の効率的なシュート再生系の確立とアグロバクテリウム法による形質転換系の確立を試みた。 白菜の子葉片から効率的なシュート再生系を確立するために、最適培地(植物ホルモン、AgNO3及び寒天濃度)の検討並びに品種のスクリーニングを行った。その結果、BA 5mg/1とNAA 0.5mg/lを加えたMS培地が最適植物ホルモン組成であり、AgNO3の添加及び高濃度(1.2-1.6%)の寒天培地でさらに再生率を90-100%に高めることができた。確立した最適培地(BA 5mg/l,NAA 0.5mg/l,AgNO3 0.2mg/lを加えたMS培地)を用い、123品種の再分化能を評価したところ、115品種で2.5-95.O%のシュート再年率が見られ、80%以上の再年率を示す17品種を見出すことができた。さらに、シュート再生とエチレンとの関係を調査したところ、高再生能を持つ品種及び再生培地の寒天濃度が高いほど、外植片が年産したエチレン濃度が低くなった。しかし、AgNO3の添加によりエチレン濃度が増加することが認められ、AgNO3はエチレンの働きを抑制する作用をもつことから、シュート再生はエチレンの生産量の減少あるいはエチレンの働きを抑制されることで改善できることが明らかとなった。 次に、白菜3品種(北京80号、チヒリ70号、CR新黄)を用い、上記の再生系を用いたアグロバクテリウム法による形質転換体の作出を試みた。アグロバクテリウムの感染率に対する共存培地のpH及びアセトシリンゴンの効果を検討したところ、pHは5.2の時が5.8より感染率が若干高くなり、さらに、pH5.2の共存培地に10mg/lアセトシリンゴンを加えた時は30%以上の感染率となった。この最適共存培養条件を用いて形質転換体の作出を行ったところ、3品種ともGUS活性を示す個体が得られ、形質転換率は1.6-2.7%であった。遺伝子の導入はGUS活性、PCR,Southerm分析法で確認され、また導入遺伝子は遺伝することも確かめられた。本研究で確立した形質転換系は形質転換体を得るまでの期間が2ヵ月と短く、今後白菜における有用遺伝子の導入や遺伝子機能の解析などに役立つことが期待される。