氏   名
Yao,Heng tong(ヤオ ヘントン)
姚  鳳 桐
本籍(国籍)
中華人民共和国
学位の種類
博士(農学)
学位記番号
甲 第115号
学位授与年月日
平成11年3月24日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生物生産科学専攻
学位論文題目
中国少数民族地域における農民の貧困とその克服方策
(Policies Designed to Overcome Rural Poverty in Designated National Minority Areas in China)

論文の内容の要旨

 本論は、中国甘粛省臨夏回族自治州の事例により中国少数民族地域における農民貧困の実態、その要因の解明および貧困克服方策の提言を目的とする。このため、本論は、まず、農民の所得、消費水準とその構成、消費生活内容や少年児童の発育状況の考察によって、臨夏州農民貧困の実態を解明した。次に貧困の歴史的背景を解明した上で、産業の未発達と所得分配、再配分の不公平性および医療保障の不備を貧困の要因として把握し、実証的に分析してきた。最後にそれらを踏まえて、貧困克服方策を考察した。

 第一章(農民貧困の実態)では、臨夏州における農民貧困の実態を解明した。農民貧困の第一の表現は、低所得である。しかも、所得のほとんどすべてが生活消費に回され、拡大再生産のための追加資本が非常に少ない。第二の表現は、低所得による低消費である。貧困世帯の家計と消費生活の内容を考察することによって、最低限の生活水準を余儀なくされていることを明らかにした。また、貧困は、栄養不良や病気等の形として社会的な弱者である少年児童の生長発育の状況にも反映している。

 第二章(農民貧困の要因)では、まず、貧困の歴史的背景を解明した。それは、解放前の地主的土地所有制による地代の搾取や高利貸、質屋等の収奪が挙げられる。新中国成立後の臨夏州の土地改革は地主的土地所有制を打破し、私的土地所有制を確立した。だが、1958年の人民公社制度の設立によって、農業生産の水増し現象や重すぎる食糧供出による餓死現象をもたらし、また自留地や家庭副業、農村自由市場を否定し、しかも、平均分配の方法によって農民の生産意欲も阻害され、農業経済の疲弊を招来した。その結果、農民所得は低かっただけではなく、1975年以降、1980年まで減少を続けてきた。

 臨夏州の農民貧困の要因の第一は産業の未発達である。一つは土壌肥沃度の低さや品種改良の遅れ、作付技術の停滞、自然災害の多発、農業インフラの未整備、農業生産材の投入不足は食糧単収の低位性をもたらし、食糧生産が立ち遅れている。二つは、低出荷率、低商品化率に表現される農家副業的養豚経営の低位性である。飼料基盤の脆弱性、畜産技術普及の停滞は低出荷率を招来し、販売体制の未整備は、低商品化率をもたらしている。三つ目は資金投入の不足や技術の後進性、従業員の低資質等に原因する郷鎮企業の未発達である。

 貧困の要因の第二は、農民負担の不公平性である。「分税制」に起因する現物農業税率の上昇や行政機関の肥大化による集団への上納金の増加、農産物の自由市場価格と政府の買付価格との価格差額の国家への上納、インフレによる農産物交易条件の悪化、労働出役と宗教からの徴用は農民の負担を加重化させている。

 貧困の要因の第三は農村医療合作社の後退である。人民公社が解体されて以降、臨夏州の農村医療合作社は、運営資金の供給源の打ち切りや農村医業従事者の欠如、行政指導の弱体化等によって大きく後退した。他方の公的医療システムの未整備や医療費の高騰もあって、病気にかかった農民、特に貧困者が、治療を受けることは極めて難しくなっており、貧困と疾病の悪循環が解消されていない。

 第三章(貧困対策)では、貧困克服方策を提言した。臨夏州の農民貧困を克服するために、産業の促進による所得の増加や所得分配・再配分の公平性の追求、農村医療合作社の整備は必要である。所得を増加するために食糧生産や農家副業的養豚経営、郷鎮企業の促進が必要となっている。食糧単収を増加させるために、優良品種の導入、普及、適地適作、作付技術の改良、化学肥料やビニールの投入の増加が不可欠である。また、育種改良をはじめ給餌方法の改善、豚舎の改善、疾病予防・治療の改善、販売体制の整備が農家副業的養豚経営を改善する上で重要である。また郷鎮企業の未発達を改善するために、貸付金や財政投融資、自己金融の拡大による資金投入の増加、技術進歩の促進が必要であり、農産物加工・販売企業の発展が有効な方途でもある。

 また、臨夏州の農民貧困を克服するために、農民負担の軽減も必要である。農民の負担を軽減するためには国家への上納税金の軽減、集団への上納金のカット、集団への労働出役の軽減、宗教からの徴用の抑制等が必要である。

 さらにまた、臨夏州の農民貧困を克服するために、農村医療合作社の整備も必要である。国家財政支援金、郷、村集団の出資金を増やし合作基金の不足を補足することが必要である。そして、医療合作基金の構造を貧困地域の疾病の実態に対応させるために、管理費のシェアを据え置き、医療補償基金を圧縮し他の基金シェアを引き上げることが重要である。

 このように複雑な要因を背景とする中国少数民族地域における農民の貧困問題の解決にとって、急務の課題となるのが、所得分配の公平性の追求である。また、医療保障・所得保障を柱とする農村社会保障整備も大きな課題となっている。