氏   名
田野崎 真 司
本籍(国籍)
日 本
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
甲 第16号
学位授与年月日
平成11年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
電子情報工学専攻
学位論文題目
高散乱体を含む微小球レーザーのダイナミクスに関する研究

論文の内容の要旨

 近年、レーザー色素溶液中に光散乱を生じるナノ微粒子を混入した、いわゆる濁り液状態にある媒質からレーザー動作が確認され、トピックスとなっている。この光多重散乱レーザーは、レーザー媒質の外側にミラーや回折格子などの光共振器を必要としないという特徴を持っている。このことから、従来レーザーに不可欠であると考えられていた、高透明で非散乱性のレーザー媒質、ミラーや回折格子などで作られた共振器、という一種の常識が見直されつつある。このレーザーは、色素溶液中に散乱された高散乱媒質による光多重散乱よって、励起光子、放出光子が狭い空間領域にトラップされ、増幅利得が損失を上回るために生じているためと考えられているが、本質的なメカニズムは未解明の部分が多く、詳細な研究が望まれる。

 またこれとは別の興味深い研究として、直径数10~数100μmの高透明な球体を共振器として使用する球共振器レーザーがある。このレーザーは形態依存共振(Morphology Dependent Resonance : MDR)、またはささやき回廊のモード(Whispering Gallery Mode : WGM)と呼ばれる球の共振モードを利用するもので、各種のサンプルでレーザー動作のほか誘導ラマン散乱が実現されている。

 本論文はまず第3章において、この微小球レーザーの共振器内部に外部から高散乱体の混入の効果を実験的に検討し、最適な高散乱体の混入によりレーザー発振の強度を約1桁増強できること、球共振のみではレーザー発振できない色素濃度の微小球サンプルから適量の高散乱体の混入によりレーザー発振を達成できることを確認した。さらに高散乱体の混入によってレーザー発振の強度が増強されるならば、通常は発光しにくい生体材料も発光材料の範疇に区分できるのではないかと考え実験を行い、生体からの直接抽出色素や生体関連色素の溶液への高散乱体の混入による初めてのレーザー動作を実現した。以上の実験結果から、共振効果が優れているとされる球共振器よりも、光多重散乱による光増幅の効果が優位であることを確認した。

 第4章において、光多重散乱レーザーを外部から混入した高散乱体による光多重散乱ではなく、物質が本来有する複雑な内部構造を利用した光多重散乱によって検討した。その結果、米・麦粒などの穀類や各種の野菜の断面にレーザー色素を浸み込ませることで新しい光多重散乱レーザーを実現した。さらにファイバー状の細かい繊維が複雑に絡み合っている紙組織を用い、これにレーザー色素を浸み込ませることで新しい光多重散乱レーザーを実現した。

 次に第5章において、第3、4章で得られた知見に基づき、さらに新たな光多重散乱レーザーの展開を図り、レーザー活性な高散乱体がレーザー非活性な媒質中に分散している状態で実験を行い、レーザー発振が得られることを初めて確認した。また実際の発光デバイスへ応用することを念頭に置き、劣化や安定性の面から有機媒質よりも有利であると予想される無機媒質を使用して、比較的長時間にわたる安定なレーザー発振状態が得られることを確認した。

 本論文は、このように高散乱体を含み、有機物から無機物にわたる種々のレーザー媒質からの光多重散乱レーザーの諸特性について、実験的に検討した結果を報告するものである。