氏   名
だいぼう まさひろ
大 坊 真 洋
本籍(国籍)
日 本
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
甲 第15号
学位授与年月日
平成11年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
電子情報工学専攻
学位論文題目
計算機断層法の立体視表示に関する研究
(Holographic 3-D Visualization of Computed Holography)

論文の内容の要旨

 本研究の目的は,物体の内部を自然な立体感で観察できる透視システムを実現するために,現状の課題を解決する方法を提供することである.その方法とは,計算量を大幅に減少させるデータ処理方法と,立体表示に要する情報量そのものを減少させる立体ディスプレイ方式である.これにより,人が物を観察して認識する能力を拡張し,医療や非破壊検査の分野で,異常や不良の診断能力の向上に寄与することを目標とする.

 技術開発により,人が物を見る能力を拡張し,見えなかった物を見えるようにする努力がなされてきた.X線,ガンマ線などの高エネルギー線が発見されてから,内部の投影が可能になった.物体の表面情報だけでなく,内部の構造を観察できるようになり,人の物を見る能力は画期的に拡張された.さらに,EMI杜のHounsfieldは1972年にCT装置を開発した.CTの開発によって,直接的に観察が不可能であった断層を得ることが可能になった.CTは,医療診断や非破壊検査に応用され,その有用性は高く,人類に大きな恩恵をもたらしている.

 現在の3次元CTの表示は,コンピュータ・グラフィクスによって,2次元モニター上へ3次元的に表示しているのがほとんどである.この方法では,人の立体視の生理的要因(視差,調節,輻輳)に働きかけていないので,3次元本来の立体感が伴わない.そこで,3次元CTの表示に立体ディスプレイを使用すれば,人が物を見る能力のさらに高めることができると考えられる.

 立体ディスプレイの中で,最も見え方が自然なのは,ホログラムである.ホログラムは,物体から発せられる波面そのものを記録再生できるので,原理的には実物と同等な表示が可能である.計算機ホログラム(CGH)では,実際の物体にレーザーを照射する必要がないので,実在しない仮想的な物体のホログラムも求めることが可能である.物体内部を3次元で透視する装置を実現するために,究極的に目指すべき方向は,物体の内部の情報キャリアにX線などのインコヒーレントな放射線を用い,CTで数学的に逆問題を解き,可視光のCGHで表示するといった方法であると筆者は考える.このような透視システムを実現しようとすると,現時点では2つの問題に直面する.第一は,計算量の問題である. 3次元CTもCGHも,いずれも膨大な計算が必要となる.第二は,大面積で,且つ立体表示に要する情報量が少なくても表示できる,適当な立体ディスプレイが見当たらないことである.

 詳しくは,CTの計算に線形代数的手法であるFMR法を用い,CTの処理を行列で表現できるようにする.この時,特異値分解によって一般逆行列を算出する.次に,CGHの計算を振幅ベクトルと位相行列に分離し行列で表現する.そして,CGHの位相行列とCTの一般逆行列の積である投影ホログラム行列を導出する.投影ホログラム行列は,CTとCGHの両方の処理を含んでいるので,投影ホログラム行列に投影ベクトルを掛け算すれば,ホログラムが行列とベクトルの1回の掛け算により求めることができるようになる.これにより計算量を大幅に減少させることが可能となった.また,得られたホログラムをレーザで再生して,直接変換ができることを実験的にも検証した.この方法はCTにおける空間への逆投影をホログラムで光学的に実現しており,電子計算機によるデジタル演算と,ホログラムによるアナログ並列光演算を融合させた新しい可視化方法である.

 一方,透視システムを実現する際の第二の問題である,計算結果の表示の問題を解決するために,円弧状の傷で光が散乱される現象を利用した連続視差ステレオグラム法を開発した.ホログラムは立体ディスプレイとして,理想的であり,究極的に目指すべき方向であるという考えは変わりない.しかし,現状では十分な大きさのホログラムを経済的に実現する適切な方法が見当たらないのも事実である.そこで人の目の分解能が,ホログラムに必要な分解能よりもはるかに劣ることを利用した.詳しくは,基板に円弧状の細い線刻をつけて,照明したときに,観察位置と照明と基板の位置関係で決まる特定の点が,明るく見える現象を利用している.左右の目には,線刻上で異なった場所が明るく見え,それを両眼で見るとステレオ視により,基板平面から離れた空間の1点が明るく見える.ホログラムのような線刻相互の干渉を使っておらず,微細で精密な構造は不要である。従来のステレオグラムと異なり,連続的な視差を有している.このディスプレイによって,従来よりも大幅に少ない情報量で,自然な立体感を実現できる.この立体ディスプレイの設計方法および製作装置を提示した.また,実際に試作して立体表示を行った結果,良好な立体感が得られた.

 本論文の成果は,人が物を観察して立体として認識する能力を支援し拡張するものである.物体の内部を立体透視するするために必要な,データ量の削減方法と,立体表示ディスプレイについて研究し,有用な結果を得た.医療や非破壊検査の分野で,異常や不良の診断能力の向上に貢献することが期待できる.