氏   名
伊 藤   歩
本籍(国籍)
日 本
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
甲 第8号
学位授与年月日
平成11年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生産開発工学専攻
学位論文題目
下水汚泥からの重金属の除去に関する基礎的研究

論文内容の要旨

 下水汚泥の緑農地や建設資材への有効利用は、処分地確保の問題や物質循環の観点から今後一層推進されると考えられる。しかしながら、下水汚泥を緑農地へ還元する際には、下水汚泥中の重金属濃度を環境に影響を及ぼさない程度まで低下させる必要がある。本研究では下水汚泥から重金属(Cd,Cu,Mn,Ni,Pb,Zn)を効率的に除去するために、下水汚泥中の重金属の存在形態を考慮した重金属の溶出機構や下水汚泥からの重金属の溶出に及ぼす操作条件の影響を理論的且つ実験的に検討し、酸あるいは第二鉄を用いた化学的溶出法と鉄酸化細菌を利用した生物・化学的溶出法の有用性を明らかにした。

 第1章は序論であり、本研究の背景と本研究の目的及び本論文の構成を概説した。

 第2章では本研究に関する従来の知見をまとめ、本研究の課題を提起した。

 第3章では下水汚泥からの重金属の溶出機構を把握するために、連続抽出法により下水消化脱水汚泥(以下、下水汚泥とする)中の重金属の存在形態を分画し、さらに、化学平衡論より無機金属塩(水酸化物、炭酸塩及び硫化物)のpHに対する溶解度を算出した。その結果、下水汚泥中の重金属はイオン交換態や吸着態としてはほとんど存在せず、有機結合態、炭酸塩態あるいは硫化物態として存在し、主要な形態は金属によって異なることを明らかにした。また、無機金属塩の溶解度は酸性側でpHの低下に伴い増加することを示し、硫化物として存在するCuは溶解度が非常に低く、pHを低下させただけではほとんど溶出せず、酸化剤や鉄酸化細菌の利用が必要であることを示した。

 第4章では下水汚泥からの重金属の溶出に及ぼすpH、汚泥濃度及び溶存酸素濃度の影響を回分実験により検討した。下水汚泥からのCd,Cu,Mn,Ni,Znの溶出率は、pHと汚泥濃度の低下に伴い増加した。さらに、下水汚泥中に炭酸塩態と硫化物態として存在する重金属の溶出率は、化学平衡論による溶解度と同様に、pHの低下により増加することを示した。Cd,Mn,Ni,Pb,Znの溶出率は溶存酸素濃度に影響されなかったが、Cuの溶出率は溶存酸素濃度の低下により減少した。これは下水汚泥中のCuが主に溶解度の低い硫化物として存在するためであり、Cuを効率的に溶出させるためには、溶存酸素や他の酸化剤による硫化銅の酸化が必要であることを示した。

 第5章では硫酸第二鉄による下水汚泥からの重金属の溶出を回分実験により検討した。下水汚泥への硫酸第二鉄溶液の添加は、汚泥の酸性化と汚泥からのCd,Cu,Mn,Ni,Znの溶出を生じ、さらに、酸によってpHを低下させただけの方法(以下、酸による方法とする)よりもCd,Cu,Znの初期溶出速度を増加させることを示した。第二鉄を添加した汚泥では、第一鉄濃度が増加し、硫化物態と残留物態として存在するCuの含有量が減少したことから、第二鉄は下水汚泥中の還元型の金属化合物を酸化することを示し、第二鉄を添加する方法は下水汚泥から重金属を効率的に溶出させる上で有用な化学的方法であることを明らかにした。

 第6章では鉄酸化細菌による下水汚泥からの重金属の溶出について検討した。まず、鉄酸化細菌と硫酸第一鉄を添加する方法と酸による方法により、下水汚泥からの重金属の連続的溶出を半連続実験により比較検討した。鉄酸化細菌と硫酸第一鉄の添加により下水汚泥からCd,Cu,Mn,Ni,Znが効果的に溶出し、さらに、連続的な重金属の溶出、鉄酸化細菌の増殖及び第二鉄の生成が可能であることを明らかにした。特に、Cuは下水汚泥中の主な形態が溶解度の低い硫化物態であり、pHの低下だけではほとんど溶出しなかったが、鉄酸化細菌の利用により硫化物態の含有量が減少し、溶出率が顕著に増加することを明らかにした。次に、種々の汚泥滞留時間で検討した結果、酸による方法では、Mn,Ni,Znの溶出率は汚泥滞留時間に影響されず、汚泥滞留時間は1.5日で充分であったが、CdとCuの溶出率は汚泥滞留時間が長くなるにつれて増加することを示した。鉄酸化細菌による方法では、Cd,Cu,Mn,Ni,Znの溶出率は、酸による方法よりも全ての汚泥滞留時間で高く、最適汚泥滞留時間は1.5日であることを示した。次に、第二鉄と鉄酸化細菌による下水汚泥からの重金属の溶出機構を明らかにするため、市販の硫化銅(CuS)を用いてCuの溶出実験を行った。酸による方法ではpHを2,3,4に低下させてもCuはほとんど溶出しなかった。第二鉄だけを添加した条件では、第二鉄がCuSの酸化剤として作用し、CuがpH2と3において酸による方法よりも効果的に溶出するが、その溶出量はpHの上昇に伴い低下することを示した。鉄酸化細菌だけを添加した条件では、CuがpH2と3で効果的に溶出し、鉄酸化細菌が直接的にCuSを酸化することを明らかにした。しかしながら、pH4では鉄酸化細菌の活性が低下し、Cuの溶出量は低下した。従って、第二鉄あるいは鉄酸化細菌によりCuSからCuを効果的に溶出させるには、pHを2~3に保つ必要があることが分かった。鉄酸化細菌と第一鉄あるいは第二鉄を添加した条件では、第二鉄だけを添加した条件よりもCuがpH2,3,4で効果的に溶出した。以上の結果から、鉄酸化細菌と硫酸第一鉄の添加が第二鉄の添加よりも下水汚泥からCuを効率的に溶出させることを示し、鉄酸化細菌の有用性を明らかにした。

 第7章では本研究から得られた成果を総括し、結論を導いた。