氏   名
吉 野 泰 弘
本籍(国籍)
日 本
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
甲 第7号
学位授与年月日
平成11年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
生産開発工学専攻
学位論文題目
極低温における金属および樹脂材料の硬さ特性に関する研究

論文の内容の要旨

 本論文は6章から構成される。第1章では研究の目的および背景について述べる。次期核融合実験炉に用いられる超伝導マグネットは,その巨大な電磁力によってコイル自身が変形する。そのため,接触界面における相対すべりが問題となっており,構造材のトライボロジー特性が求められてきた。摩擦を決定づける要因の一つには真実接触面積の大きさがあるので,その面積を求めるためには材料のビッカース硬さを求める必要がある。そこで,マグネットの使用環境である液体ヘリウム中において材料の硬さを測定する必要があるが,極低温における硬さは近年まで工学的要求がなかったため汎用性の硬さ計はない。従って本研究では,極低温硬さ計の開発を行い,極低温における超伝導マグネット構造材料の硬さ特性を明かにすることを目的とする。

 第2章は,液体ヘリウム温度において硬さ測定が可能な極低温硬さ計の開発結果を述べた。ダイヤモンド圧子は対面角136°の正四角錐で,試験温度は4.2Kから293Kまで可能である。また,荷重は1Nから29.4Nまで任意に行うことができる。さらに,圧子の負荷速度についても4N/sから40N/sにコントロールすることが可能である。またビッカース硬さの評価は,極低温中で試料表面に作製した圧痕を室温に戻し,その後,光学顕微鏡で圧痕の対角線長さを測定して求めた。他の試験条件は全てJIS規格に沿うように行った。

 第3章では,液体ヘリウム温度から室温における金属材料の硬さ測定を行い,硬さの温度依存性を求めた。試験材料としては,オーステナイト系ステンレス鋼(JN1, JN2, SUS304, SUS316L), 銅および銅合金(Cu, CuSn, CuZn, CuNi, CuAl), 純金属(Mo, Ti, Ni),比較としてTi合金およびFeを用いた。結果として,オーステナイト系ステンレス鋼の硬さは,温度の減少にともなって硬さが増加し,約70K付近を境界として一旦減少するが4.2K近傍で再上昇した。硬さは材料の塑性流動抵抗とみなすことができるので,温度低下にともなう硬さの増加は塑性流動抵抗の増加を意味している。これら塑性流動が転位の動きに支配されるなら,硬さの逆数は塑性流動のし易さあるいは転位の動き易さを表す指標となる。従って,極低温における転位の動きは熱活性化過程によってコントロールされると考えアレニウスの式に当てはめて温度と硬さの関係を整理した。この結果,全ての供試材とも2つの直線で表すことができた。この2直線の傾きが変わるポイントを遷移温度とすると,遷移温度を境に塑性変形メカニズムが転位のすべり変形から双晶変形へ変化していると予想した。

 第4章では,この硬さの遷移が塑性変形メカニズムの変化を示すことを明かにするため,極低温におけるすべり応力と双晶応力との関係をモデルし,硬さの遷移が持つ意味を検討した。つまり転位のすべりが活性化される応力をσSとし,変形双晶が活性化される応力をσTとすると,σSとσTとの交点が硬さの遷移に対応していると考えられる。一般に,σSはひずみ速度依存性があると考えられるので,本硬さ試験の負荷速度を変化させれば,硬さの遷移に変化が生じる可能性がある。そこで圧子の負荷速度を通常の4N/sから20N/s,40N/sに増加させて硬さ試験を行った。その結果,遷移温度が70Kから140Kまで上昇し,硬さの遷移の負荷速度依存性が認められた。従って,塑性変形のメカニズムが温度減少にともなって変化するという考えの妥当性が期待できる。

 さらに,極低温で作製したビッカース圧痕の断面を集束イオンビーム(Focused Ion Beam)加工を用いて薄片状に加工し,TEM観察を行って変形双晶の確認を行った。この結果,遷移温度より室温側のビッカース圧痕には,変形双晶は認められなかったが,低温側の圧痕には変形双晶が認められた。この結果,極低温における材料の塑性変形メカニズムは遷移温度を境にすべり変形から双晶変形へ変化していることが明かになった。

 第5章では,マグネットの絶縁・断熱支持材料として用いられている樹脂材料の硬さ測定および評価法について検討した。樹脂材料の場合,試料表面にダイヤモンド圧子の押込みを行っても,試料を室温に戻すと圧痕が完全に回復してしまう。そのため,圧痕の対角線長さから算出する従来のビッカース硬さ評価では,極低温中の樹脂材料の硬さ評価が不可能である。そのため本章では,押込み変位を差動トランス型変位計で測定し,変位-荷重曲線を測定した。そして,除荷曲線から材料の弾性仕事率,弾性回復率を求めた。その結果,樹脂材料の弾性仕事率および弾性回復率は,金属材料よりも非常に大きいことがわかった。そこで,極低温において樹脂材料の硬さを求めるために,負荷荷重:P,押込み変位:δ,定数:cを用いて新たな硬さ:HVdを以下のように定義した。

この評価式を用いて極低温における硬さ評価を行うと,樹脂材料の硬さは温度低下にともなって単調増加を示すことがわかった。  第6章は,第2章から第5章までの実験結果および考察をまとめ,さらに本論文の工学的寄与について述べている。