氏   名
七 尾 英 孝
本籍(国籍)
日 本
学位の種類
博士(工学)
学位記番号
甲 第5号
学位授与年月日
平成11年3月23日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
専  攻
物質工学専攻
学位論文題目
マイクロトライボロジーに関する表面化学的研究

論文の内容の要旨

 本研究では,境界膜のマイクロトライボロジー特性について表面化学的な立場から解明することを目的とした。境界膜のモデルとしてラングミュア-ブロジェット膜(LB膜)を用い,分子構造と膜構造の関係,膜構造とマイクロトライボロジー特性の関係,摩擦による膜構造の変化,表面制御によるマイクロトライボロジー特性の向上,およびトライボケミカル反応と化学摩耗について考察した。膜構造の解析には,主として飛行時間型二次イオン質量分析計(TOF-SIMS)を用いた。

 LB膜のπ-A曲線から膜の安定性を評価し,安定性は膜成分の分子構造に依存することを明らかにした。すなわち,炭化水素系の飽和脂肪酸LB膜の安定性はアルキル鎖長に依存し,炭素数とともに崩壊圧が向上する。フッ化炭素鎖を有する分子では,C-F結合がC-H結合より長いため,分子間力すなわち膜の安定性に寄与するのはフッ化炭素部分の鎖長であることを実験的に示すことができた。

 LB膜およびディップコート法による薄膜(ランダム膜)をTOF-SIMSで分析し,膜の分子配向ならびに数μm程度の2次元分解能で膜構造を観察することができた。ディップコート法による薄膜はLB膜に比べて二次元的に不均質であり,これは基盤表面の汚れによるものである。TOF-SIMSおよび高感度赤外分光法(IR-RAS)が以下に示す摩擦面の解析に利用できることを示した。

 薄膜のマイクロトライボロジー特性に関与する因子として,境界膜の膜厚および膜構造の安定性を取り上げて検討し,膜の安定性がより重要であることを示した。ステアリン酸のLB膜とランダム膜のトライボロジー特性を比較すると,膜厚が薄いLB膜単層の方が低い摩擦係数を示した。これは膜分子が配向することによりアルキル鎖間の分子間相互作用が大きくなり膜が安定になったためであることを明らかにした。フッ化炭素鎖を有するエステルのLB膜の場合,ステアリン酸よりも摩擦係数が高く,これはフッ化炭素鎖の分子間相互作用が弱いためである。フッ化炭素鎖長を伸ばすことにより,トライボロジー特性を向上させることができた。境界膜の安定性が摩擦における耐荷重能に寄与したと考えられ,これはπ-A曲線から求めた崩壊圧とよく相関することを見いだした。ランダム膜であっても,極性の分子間相互作用を持つアミド化合物の場合,よい潤滑性を持つことを見いだした。これは,水素結合あるいは極性の分子間力により耐荷重能が向上したものであり,膜分子の官能基構造の重要性を示すことができた。

 LB膜の規則的膜構造が摩擦により物理的に破壊されることをTOF-SIMSおよびIR-RASによる分析で明らかにした。その結果,境界膜物質がスライダーへ移着すること,ならびにこれがスティック-スリップ現象の原因になることを明らかにした。さらに,スライダーを繰り返し用いることにより,移着層が摩擦初期のスティック-スリップ現象を防止することを見いだした。摩擦後の境界膜構造の分析結果およびマイクロトライボロジー試験結果に基づき,低荷重下における境界膜による潤滑モデルを提案した。

 低荷重下におけるトライボロジー特性を制御することを目的とし,材料の硬度,表面形状,境界膜成分,境界膜構造および複合膜などについて検討した。その結果,硬質材料に規則的な微細表面形状を持たせ,さらに安定な境界膜を組み合わせることにより,低摩擦係数を実現することができた。これらの結果より,2固体間の接触面積を減らし膜の耐荷重能を向上させることが,薄膜によるマイクロトライボロジー特性の向上につながることを示したものである。一方,フッ素系と炭化水素系の膜成分を複合した場合,二次元的な相分離を起こすことをTOF-SIMSの分析により見いだした。この様な複合膜は耐荷重能が向上せず,トライボロジー特性の向上には分子的スケールで両成分を混合せねばならないことを示した。さらに,接触する2固体の両面をLB膜で被覆することにより,低摩擦を実現することができた。

 低荷重における摩擦条件下でも,トライボケミカル反応が起こることを明らかにした。C-F結合を主鎖に持つフッ素系の単分子膜と硬質のAl2O3-TiCスライダーを摩擦することにより,トライボケミカル反応が起こり,生成した金属フッ化物が移着することをTOF-SIMSの分析により見いだした。これは,硬質材料の化学摩耗を促進することから,材料と潤滑剤の組み合わせが摩耗防止に重要であることを指摘した。具体的には,フッ化炭素鎖を持たない炭化水素系の境界膜を採用することにより,化学摩耗が抑制できることを示した。

 以上,マイクロトライボロジー特性に対して境界膜構造の重要性を示すことができた。また,境界膜の構造は成分の分子構造に依存し,とくに耐荷重能に境界膜の高次構造が寄与することを示した。さらに,マイクロトライボロジーにおける膜構造解析にTOF-SIMSが有効であることを示した。