「電脳」図書館

図書館部門 兼務教員 井上祥史

          

文章を読むときひとは順番に文字を記憶域に蓄え、ある概念を認識できたときに次の文字をまた順番に取り込み、これを繰り返して理解を進めていく。脳の後頭部の視覚野で認識した文字情報は側頭部に伝えられ音の並びとして処理されて理解されるため、文章を読む時には本から声を聴いていることになる。そしていくつかの場所にあるミラーニューロンを通して、手足の運動感覚や理解体験を言葉によっても自分が経験したかのように記憶を蓄えていくことができるため、文章を読むことは他者の体験や概念を自分のものとして理解したことになる。まさに本と対話し実体験しているということである。
 このように本を読み対話する環境は静寂であり、クリアな音で音楽を楽しむように読む文字も鮮明なものであって欲しい。幸いにも図書館で話す人はいないし印刷された文字は十分に鮮明であるため、図書館で我々は本と心行くまで対話し体験することができる。

一方、電子書籍の多くは美しいベクトルフォントを持ち必要に応じて拡大縮小できるが、残念ながらまだ長時間の閲覧には疲れてしまう。電子テキストを見返す場合にも、どの辺りであったのか本をめくった厚みの記憶が無いので見当もつけようが無いし、検索していると注意が分散してしまう。著者のリンクが張ってある場合にはワンクリックで参照することができるが、自分でしおりを挟みリンクを張ることまでは難しい。もし今読んでいる本のみならず他の本のアノテーションにも飛ぶことができたら、自分の知識を体系化できることになり、極めて有意義であろう。
 テキストデータにタグをつけてこのような要求を満たそうとする試みは随分と前から構想されていたが遅々として進んでいない。また理系分野ではテキストのみならず数式や値も数式処理をしてグラフや表と関連つけた電子ブックも存在しており、3次元グラフなどではマウスで触って視点を変えて観察できるなど理解支援には威力を発揮しているが、残念ながら普及するまでには至っていない。理由は標準化が困難なこととコストがかさむ事にある。

図書館に蓄えられている膨大な資料がテキストデータとして電子化され、テキストマイ二ングとして整理されて行くようになると、計り知れない利益を我々にもたらす。折しもクラウドコンピュータが普及し始めており、個人データベースが当たり前に構成できるようになると、クラウドに取り込んだ電子テキストを縦横にカスタマイズした自分の知識データベースが当たり前に構成されるであろうし、そのとき図書館は重要な電子データの供給源となるであろう。
 現在の図書館は紙ベースの書誌情報の提供か一部のフルテキストの供給に留まっているが、近未来に備えて電脳図書館を構想し、図書館サービスの在り方を構想しておくのも無駄ではないと思われる。大学図書館が良質の信頼できる知の拠点としてその役割を生き生きとして果たしていくことを願ってやなまい。

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